2008-03

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かわいい女 スイート

『かわいい女 2007 報告用ブログ』は突発的衝動により終焉を迎えました(5/21)。その後『かわいい女 2007 ターボ』として心機一転を試みましたが、失敗(10/4)。今後は『かわいい女 スイート』でお楽しみ下さい。
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2008/03/06 (Thu) 19:02

聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団

昨日、聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートに行ってきました。
会場は東京オペラシティ・コンサートホール。

演目は、バッハの「マタイ受難曲」(初期稿)です。
指揮は、ゲルオク・クリストフ・ビラー氏(トーマス・カントール)です。

予め書いておきますが、わたくし、クラシックについてはほとんど知識がないので、専門的な用語とか、クラシックの常識?とかまったくわかりません。
あと、宗教に興味ないので、その辺の事がわかりません。
ちなみに、聖書は中学生時代にクリスチャンの友達から頂いたので、一通り読んではいますが、読み物としては面白いなーっちゅー程度です。あとは、絵画とか彫刻を見るときに役立てたくらいで。
そんななので、これから書くことは、間違った表現による感想になると思いますが、「ま、ロックキッズの言ってることだから」とでも思っといて下さい。
専門的な感想や批評は、他の方のものを読んで下さい。
私と同じくクラシックに精通していない人のために、合唱団や管弦楽団についての説明を入れようと思いましたが、間違った記述をしてしまうとイカンので、やめます。気になる人は自分で調べて見てね!

〜〜〜〜〜

コンサートの感想は、一言で言うと、良かったです!
でも、むちゃくちゃ感動した、まではいかなかったです。

まず、オイラはNO知識なので、かなりフラットな状態で演奏を鑑賞できたと思います。
お客さんによって、このソリストに注目してる、とか、マタイ受難曲のストーリー性を求めたりとか、いろいろあるでしょうが、オイラにとっては、クラシックであれ、ロックであれ、「たかが音楽」で、どれも同じ扱いなので、クラシックだからっちゅーて、高尚(←皮肉)とは思ってないので、ただ「音楽を楽しむ」ためだけに行きました。

そしたら、「マタイ受難曲」っちゅー、キリストが十字架にかけられる悲惨なストーリーの音楽なのに、なかなか軽い!もっと厳粛に演奏すんのかな、と思ってたら、全然そんなことなくて、入り込みはGOODでした。
それでもやっぱ、クラシック特有?の硬さと神経質さ、束縛感は拭えなかったけど。
でも、全体的には軽くて、かわいさもあって面白かったです。

楽器としてはチェンバロが聴けたのがよかったなー。バッハだねぇ。
生でチェンバロ聴いた事無かったんだけど、イイね。キラキラした音してる。かわいらしい。
あと、ビオラ・ダ・ガンバという、珍しい?楽器もあって、目立ってた。
こんな感じで、バロック時代の楽器を聴けたのはよかったなー。
個人的には、フルートの女子が好演であった!
バイオリンは、上手(かみて)側チームは、やや神経質。下手(しもて)側でソロをとっていたおじいちゃんは、なめらかで明るくてよかった。

でも、思ったのは、やっぱり、音楽は「ボーカルが最強」ということ。
一番は、「人間の声による歌」でしょう!
音楽としては、「楽器の上手い人<下手な歌手」であり、歌に楽器が対抗しても敵わない、ということ。
ちゅーわけで、今回一番良かったのは、なんといっても、合唱団のチビっ子達でしょう。
小学校低学年くらいから、中学生?くらいの子供による合唱団で、ところどころで、その中でソロをとる子もいるんだけど、前に立っている、大人のソロボーカル6人よりも、断然よかったぜー。
私は、前から二列目の上手(かみて・舞台向かって右側)側にいたので、舞台からも近くて、楽器を弾く指使いや、特にボーカルの息使いはよく聞こえてきたんだけど、大人ボーカルのソリストはイマイチだったな〜。子供ちゃんの方が全然いいんだもんよ。
子供ちゃんはやっぱり、余計な邪念がない分、いいのかね。
この合唱団の子供ちゃんたちは、寄宿舎で共同生活をしながら音楽を学んでいるそうなんだけど、それを聞くと、日本人はどうしても硬くて窮屈なイメージを浮かべるけど、実際の合唱はそんなことなかった。
オイラの大嫌いな「ガリ勉・ストイック」な要素はあまり見られず、軽くてかわいくてよかったです。
逆に大人ボーカルはストイックさがあって、頭が疲れる感じの歌だった。
子供ちゃんなのに、というと、失礼だけど、3時間以上の演奏に集中してて、フツーにすごい!
コンサートが終ったのは22時頃だったと思うけど、終電を気にしながら足早に駅に向かう最中、「子供がこんな遅い時間まで仕事してて大丈夫かしら!」と、ちょっとお母ちゃんな気分になってもうたわよ。
あの子達、偉いなぁ。
せっかく日本に来たんだし、任天堂DSでも買ってあげてくれ〜!

今回のコンサートでは、歌の歌詞が電光掲示板に流れる仕組みになっていたので、何を歌っているのかもよく解って、ストーリーの内容もよくわかった。
でも、オイラは途中、歌詞を見ないで、演奏だけを目を瞑って聴いたりして楽しみました。
当たり前だけど、全部が生楽器、生の声で、アンプやスピーカー、PAなど、余計なものを通してないので、「響き」や「パワー」を本当の意味で「自然」に感じることができたのが、とてもよかった。
ロックキッズには、それがとても新鮮に感じました。
うーん、アコースティックのライブにもっと行こう!

思ったことは・・・
やっぱ、音楽はライブじゃなきゃダメだね!!
オーディオなんかじゃ、音楽を感じることはできないんだ、ということが改めてわかった。骨身に染みたぜ。
物理的にも、本当の演奏をその場で聴いた時の音と、録音のそれでは、まったく違うし。
特に、アコースティック楽器なんて、レコードじゃ再現不可能だよ。
レコードされた音楽が、いかに不自然で人工的なのか・・・
オーディオにハマるくらいなら、ライブをたくさん観た方がいい!
オーディオに何百万もかけて海外アーティストのCDを聴くくらいなら、その金で現地に渡って、ライブを観た方がいいよ!
そう思った。

逆に言い換えれば、レコード音源は、「生演奏を再現するのが不可能ということを前提にした上での、オーディオで聴いて楽しい音」を作るべきであろう、と思った。
つまり、レコード、オーディオ類には、「あらかじめ、前向きな諦め」というものが必要不可欠であると。
それならば、尚更、現代のCDやオーディオ機器の特徴である、「細部まで鮮明に聞える音」が馬鹿馬鹿しいということに気付く。
そんなもの、「無駄な抵抗」に過ぎないじゃないか。
もっと、本当に「音楽的」なものを目指すべきだと思う。
それは、音を鮮明に拾うことではないし、分離させて各パートの音の輪郭をハッキリさせることでもない。
だいたい、生バンドのライブ演奏で聴こえてくる音は、輪郭などハッキリしていないし、細部まで聞えるなんてことはない。そこにあるのは、ただ、「体で感じる」ということ。
レコード作る人やオーディオメーカーさんは、その「レコード音源をオーディオで聴いた時、体で感じられるかどうか」を目指して欲しい。
以前、指揮者の小沢征爾さんが「指揮者はいかにそれぞれの楽器の音をひとつにまとめようかとしているのに、オーディオマニアはそれをバラバラにしようと努力している」と発言したそうですが、それはいかにも、だ。
オイラ、もう一回、オーディオへの意識を見直すことにする。

あと、ついでに書くと、現代のミュージシャン、特に日本のミュージシャンは、「CDの音」をライブで再現しようとしている。
まったく逆なのだ!
本来は、「生演奏のこの感じを、いかにCDに録音できるか」、なのに。
オイラの好きな60年代〜70年代に活躍していたバンドやミュージシャンは、まずライブ(生演奏)ありきで、それをレコードにした時、一番気持ちよく聴ける方法をとっていると思う。だから、録音音源も気持ちイイのだ。
ここを読んでいる、J-POPしか聴かないという皆さん、本当に、良いライブ、良いアルバムを聴いて下さい!
オイラは、何も闇雲にJ-POPを批判しているわけではありません。現代の音楽はあまりにもつまらなく、商業主義で、低俗で下品で、その場しのぎで、暗くて、閉鎖的で・・・そうゆうものを悲しく思うので、こう書いています。


えーと、話が反れたので、クラシックの話に戻しますが、ちゅーか、長いけど・・・
クラシックと言えども、いくら聖トーマス教会合唱団が800年以上の歴史(すげぇ!13世紀からやってんだぜ!日本でいえば鎌倉時代。そんな時代から今に続く音楽、ちゅーか、文化自体、日本にあるか!?){←補足・・・厳密には、能とか、芸能でない文化なら他にもありますが、クラシックに伯仲するほどメジャーでワールドワイドな文化はないんじゃないの?と言う意味です。相変わらず書き方がわかりにくくて、すんません。}を継承していようとも、ゲヴァントハウスが世界最古の高貴な(←皮肉)オーケストラであろうとも、やっぱ、オイラにとっては3流音楽だな、と思った。
オイラにとっては、これだけの演奏を聞いても、やはり、「ブルースが最強」である。
コンサートから一晩空けた今日、部屋で、出して迷惑にならない限りのぎりぎりの大音量でブルースを聴いた。モノラルなので、スピーカーを一個にして聴いた。
時間の都合上、サン・ハウス、レッドベリー、マディー・ウォーターズの3種類しか聞けなかったけど。
やはり、サンハウスは最強だ。
クラシックがどんな大群でかかってきても、サンハウス一人の手拍子&歌には敵わない。
すげぇ。
ブルースなんか、クラシックの歴史に比べたら、赤ちゃんみたいなもんだけど、「音楽」としては、クラシックなんか目じゃないぜ!
この、人間の体から出る感じ。「オレ自身」「おまえ自身」「人間そのもの」なんだよなぁ。
はぁ〜・・・
ちなみに、サンハウスはキリスト教の牧師さんでもあり、合唱もしていたとう話もききます。
クラシックの「マタイ受難曲」を聞いた後に、サンハウスによる「啓示者ヨハネ(John The Revelator)」を聴く。
どちらもキリスト教の聖書にあることを音楽にしているが、文句なく、サンハウスの圧勝です。
このパワー、なんなん、この人!
この人の生演奏、傍で聴きたかった!レコードでこれだけすごいんだもんよ、ライブなんかぶっ飛ぶだろうなー。
サンハウスは1902年生まれで、1988年まで生きたそうですが、40年代にはブルースシーンからは姿を消したそうです。
この人のライブを観る事が出来たラッキーの人は、今も残っているのか?
ちなみに、彼は25歳をすぎてからギターを始めた、低俗に言うところの「遅咲き」ですが、それなのに、あのギターですよ!
現代であれば、こんな風にギターを弾く30手前の男子がギター教室の門を叩こうもんなら、アホな講師は「君、弾き方間違ってるから。」と言うことでしょう。弾き方なんてねぇんだよ!バーカ!
最近は、若年齢ブーム?なのか、年が若くて能力のあることが、天才のように言われていますが、んなことはありません。
年とってから新しいことを始めることの方がすげぇだろ、普通。
感覚も新鮮さも鈍ってくるのに、あと、羞恥心とか、諦めとか、余計なおまけがついてきて当然なのに、サンハウスなんか、そんなことどーでもいいんだもんよ。
60年代に様々なロックやポップスが生まれる中、突如としてサンハウスの音源が発掘され、レコード化されましたが、当時のミュージシャンが聴けば、ひとたまりもなかったことでしょう。
クラシックなんかより、サンハウスのレコード一枚の出現は、驚異的で震撼的であったはずです。


あー、またブルースの話になってしまいましたが、まあ、オイラにとっては、クラシックは3流っちゅーことです。ちなみに、ジャズも、オイラにとっちゃ3流。
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2008/03/06 (Thu) 00:32

里芋

20080306003243
結局、里芋はそぼろ煮にしたよ。筑前煮で残った野菜を使ったから、材料がまる被り。
コンサートの感想は明日書くよ。今日は風呂入って寝る。三時間半座りっぱなしだったから腰がイテーよー。
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アントン・チェーホフの名作「かわいい女」を、少女単体の苅谷文が、自身の日常にリンクさせ辿っていこうと試みたものだったのですが、すぐに飽きて脱線。今はテキトーです。オレはテキトーに生きます。詳細はこちらをご覧下さい。

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